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    清水運送 「荷物を作る」営業スタイル

    2017年10月5日

     
     
     

     【福岡】「荷物が少ない、荷物がない。ならば、荷物を作ろうと思った」、そう話すのは清水運送(鞍手郡小竹町)の清水康介代表。軽貨物事業を行っている同社だが、荷物がなければ自分で作ってくる、というビジネススタイルは独特で、そこには清水代表の信念が込められている。
     同代表は大手運送会社に16年ほど勤務したのち、昨年11月に独立。当初は一般貨物事業を行う予定だったという。「事業申請の準備はしていたが、ひょんなことから軽貨物運送事業に乗り出した。今となっては軽貨物運送の需要を肌で感じており、とても必要な事業だと強く感じている」と話す。一度はくじけたと思われた一般貨物事業だが、こちらも近々開始する方向で進んでいる。
     大手運送会社での16年間では「上司との関係にも悩んだ」という。入社4年ほどで営業主任、中間管理職という職務に就いたこともあり、後輩の育成に励んでいたが、指導方法が上司とは違った。その結果、「円滑にしようという思いもあり、後輩に強くあたらないよう自分のところですべてを止める、という決意を胸に抱きながら働いた」というほどに後輩思いで、人材の大切さを知る同代表。「人をコストとしてみるのか、財産としてみるのか。昨今のドライバー不足にはこういった背景もあるのではないか」と指摘する。そのために自分の一番の仕事とするのは「いかに単価の高い仕事、荷物をもってくるか。そして対価として得た利益をドライバーにやりすぎとも思えるほど渡す」と断言。


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     そのための営業活動は常に行っていると話す。ドライバーとしても荷物を運ぶ清水代表に、その時間があるのか問うと「荷物を運ぶからこそ営業のチャンスがある。担当と話す機会もあるし、何より自分という人間を見ていただくチャンスができる。加えて荷物が無事に届いたという状況を見ることは営業活動にとても大事な部分」と話す。
     現場で得た情報を全てインプットし、営業に生かす。実に緻密な活動に見えるが、「感覚で動いている人間なので、そこまでは考えていない、なぜなら」という前置きをして、自身の10代の時のことを語った。
     同代表は18歳で単身、福岡へ乗り込んだ。「このまま知った人間、知った環境だけの中で生きていたら、きっと自分はダメになると思った」という。荷物もわずか、そして6万円の現金を手に、生まれ育った大阪を離れ、九州で働こうと決意する。「とりあえず九州方面に行こうと思った。しかし、お金もないので選んだ交通手段は夜行バス。たまたま切符を買ったのが飯塚行きの夜行バスだった」。身よりも知り合いもいない土地で働くことを決意した同代表は、そのままハローワークで日当払いの鉄筋工の職に就く。「たまたま、ついた親方がとても良い方で、お金が貯まるまでの約半年、家に住まわせて頂いた。その経験は本当に有難かったし、思いには思いで返そうと思った瞬間でもあった」という。
     将来、独立することを視野に入れた当時21歳の同代表が「生活を支える仕事は一生困らないと考え、建設業か運送業か、迷った」と、選んだ次の職場が大手運送会社だった。
     現在4台のトラックを保有し、若手と共に汗を流す。若い世代の運送業離れを指摘しつつ、「本当にドライバーの給与や待遇、地位を変えたい。ちっぽけな自分だが業界を変えようと本気で取り組んでいる」と語る。
     そのために進めているのが「荷物を作る」という営業スタイルだ。「荷物をください、と言っても荷物がないと返ってくる。ならば、御社の商品を売ってきます、と相手にPRする。実際に売れる場所(納品場所)を探してくるので、そこで一つ仕事が生まれる」。この独自のスタイルで事業スタートからわずか半年で280もの取引先を作った。中には大阪まで行く便もあるという。「人と人をつなぐ仕事をしているのであれば、そのくらいはしないといけない。営業も会社もドライバーも、顔と顔を合わせることが一番大事。荷主さんも我々が大事に、大切に荷物を運んでいることを知っている。『自分たちで売ります』、と取ってきた仕事だから」と語る同代表は、人を思いやる笑顔に満ちあふれていた。

     
     
     
     
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