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ブログ・野口 誠一
第200回:最後の切り札
2008年12月19日
ひと晩中考えたが、妙案は浮かばなかった。私は最後の手段に訴えざるを得なかった。Tさんが九州を出た頃合いを見計らって奥さんに電話を入れ、一部始終を打ち明けた。案の定、奥さんは寝耳に水である。
「奥さん、ショックでしょうが、ここは私の言う通りにしていただけませんか。ご主人の自殺を思いとどまらせるには、これしか方法がないんです。ただちに、ご主人の生命保険を解約して下さい。ご主人を死なせたくなかったら、いますぐ手続きをして下さい」
「わかりました。その通りにします」
奥さんの声は震えていた。気の毒だが、いまはやむを得ない。何億円か何千万円なのかはしらないが、保険金と1人の人間の命を引き換えるわけにはいかない。
やがて、Tさんが事務所にやってきた。電話の声より若く見える。48歳だという。2代目経営者で、以前は青年商工会議所の理事長だったとのこと。ピンとくるものがあった。
2代目の「甘さ」と理事長の「責任感」がミックスされれば、「保険金で解決を」と短絡的な考えを持ったとしてもおかしくはない。それから数時間、私たちは話し合った。
「あなた、死ぬ気なら何だってできるじゃありませんか。いまは死ぬより辛いかもしれませんが、私どもの会員はみんな、あなたのような苦しみを乗り越えてきているんですよ。その彼らがいま、何と言っていると思います? みんな『生きていてよかった』と言っているんですよ。倒産は経営上の失敗であって、人生すべての失敗ではありません。法にのっとって、きちんと整理できます。ゼロにはなってもマイナスになることはありません。まだ若いんですから、いくらでもやり直せますよ」
しかし、私がいくら説得しても、死神につかれたTさんの心は動かない。私は最後の切り札をきった。 -
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筆者紹介
野口 誠一
八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。 わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。
HP:https://yaokikai.com -
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