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射界
2016年10月17日号 射界
2016年10月21日
戦国武将の織田信長は27歳の折、有名な桶狭間の戦いに挑む。伝えられる情報は今川義元勢の優勢ぶりばかり。前線からは味方の劣勢が伝えられるが、信長は泰然として動かない。控える側近の面々もそれに従う。夜半過ぎて突然、信長が起き出し、出陣を命じると共に、静かに床几に腰を据えて小鼓を鳴らし始めた。
▲小鼓に合わせて唄い上げたのは謡曲『敦盛』の一節。「人生五十年、下天(げてん)の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」である。興に乗って自らが舞い、家臣を奮い立たせたという。舞い終わるやいなや、清州の城門を開いて桶狭間に向かい、小勢よく多勢を制して今川勢を蹴散らし、今に語り継がれる大勝利を博したことが歴史に残る。▲若年ながら信長は、生者必滅の道理を悟り、人生わずか50年と割り切って、生死を超越しようと努力したのではなかろうか。しかし人間、いくら普段から覚悟ができていたとしても、いざ死地に赴くとなって平静ではいられなかっただろう。今川勢の大軍を目の前にしての落ち着きぶり、『敦盛』を舞い通す余裕は、どこから来たものだろう。凍えるような恐怖感を抑えての平常心に感銘する。
▲企業経営者の多くもまた、幾度なく信長と同じような心境に立たされてきた経験を味わってきたことだろう。自らの手落ちがあって招来した苦境ならともかく、経営環境の変化は予告なしにやって来る。しかも原因が、自らの手でどうしようもない場合、信長のように冷徹だが確かな覚悟と行動力を発揮できるだろうか。『敦盛』を舞い続けた心の内を忖度し、生きる道を探りたい。
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