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  • 射界

    2016年12月5日号 射界

    2016年12月9日

     
     
     

     財界の知識人と慕われた藤原銀次郎(元王子製紙社長、1960年没)は「道に堀があると言って渡らなければ、人はいつまでもそこに止まって進歩するのは難しい。大きな溝に落ちたからと言って、いたずらに悶えるばかりでは、その人は一生溝の中の生活に終わる」と、周りの人々に諭し、逆境を克服する努力を促した。


     ▲どんな苦境に立たされても絶望することなく、先にある希望を見失わないで努力することの大切さを諭している。わが国には古来、「裸でモノを落とす例(ためし)なし」と教えてきた通り、丸裸なら何かを落とすといった心配は不用となる。その意味で苦境にある人は、これ以上失うものがないから、逆に強くなれると考えれば気が楽である。発想の逆転もまた楽しからずや、である。
     ▲しかし一方で、「蒔かぬ種は生えぬ」ともいう。不遇の環境にありながら、その身を嘆くばかりで、自ら何かを手掛けて抜け出す努力をしない人がいる。そんな人に限って愚痴が多いばかりか、言い訳が先に立つ。無駄を承知でまず、手を出してみようという気配すら見受けられない。「棚から牡丹餅」的な期待感を夢見ても、世の中は世知辛く、そんな人には一顧だにしないのが現実。
     ▲西欧の言い伝えに「不遇とはナイフみたいなものだ。ナイフの刃をつかめば手を切るが、杷手をつかめば役に立つ」と教える。自分の能力を過信し、今の生活に不満を持って不遇と思い込み、そんな嘆きを胸に抱いて暮らす人は、とかく友人たちとの付き合いを敬遠するか、さもなければ友人のほうから去っていく。我が身の不幸を嘆き、溝で悶えるばかりでは救いの手は差し伸べられない。

     
     
     
     
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