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射界
2018年6月18日号 射界
2018年6月25日
知識は「両刀の剣」と言われる。「自分はこれだけ知っている」と自負することで、途端に学習する意欲も効率も減殺する傾向がある。むしろ、それより「自分はこんなに無知だ」と自覚しているほうが成長の余地を残すようだ。単なる無知より〝無知であることへの無知〟こそ恐れるべきだろう。
▲人は良く持論を展開して周囲を感心させるが、持論の内容にもよるものの、持論に固執し過ぎても弊害が生じる。ある古賢は「持論を持てば持つほど、モノが見えなくなる」と警告する通り、いつしか持論を砦として正しくモノを見る(考える)余裕を失い、頭から信じて疑うことがなくなるからだ。端的にいえば独善に陥るリスクが潜んでいるともいえる。
▲かつて、オリンピックのスキー・ジャンプ選手に聞いた話だが、現在の開脚スタイルは偶然から生まれたという。北欧の選手がバランスを崩した開脚姿勢を修正できず、そのままの姿勢で跳んだところ、偶然にも飛距離がグンと伸びた。これをきっかけに選手らが研究して現在のスタイルを定着させたと言う。偶然が知識の盲点を衝いた典型例として語られる。
▲考えてみれば、多少の常識を備え、携わる職業上の専門知識があると言っても知れたもの。「無知の大海に浮かぶ、地図にもない小島」だろう。そう思えば逆に知識意欲が湧く。お互いは大海に浮かぶ名もない小島でしかない。知識と情報の中で働けば〝物知り〟になるとは限らない。いくら良い食材を揃えても調理次第で、おいしくない料理だってあるからだ。
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