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射界
2018年8月6日号 射界
2018年8月13日
すべてをお見通しのお釈迦様でも、質問されて答えに窮することがあったようだ。弟子たちは後世、それらを集めて『捨置記』と題し記録に残した。弟子から問答を挑まれたが〝捨て置いて〟答えなかったからの命名。お釈迦様はなぜ黙っていたか…理由は簡単だ。「答えられなかった」だけの話。
▲一つ紹介すると、こんなのがある。弟子の一人が「人間は死後も生存するのですか。死後の世界は存在するのでしょうか」と問うた。お釈迦様はあえて答えず、質問に答えたところで何の価値もないと悟っていたからである。価値のない疑問に悩まされることなく、この世でポジティブに楽しく生活するには、どうしたらいいかを考えるべきと悟っていたのだ。
▲大企業は別として、中小・零細企業には景気の恩恵は及んでいないのが現状だ。「この先、景気はどうなるんでしょうか」「我々の企業レベルに果たして好況は訪れるのか」の嘆きを耳にする。こう聞かれても正直、困惑するだけ。エコノミストの多くは無責任に色んな観測を発言するが、それは〝当たるも八卦、当たらぬも八卦〟が実情。誰にも分からない。
▲公的資金や補助金をアテにできればよいが、そんな絡みもなく、ひたすら経営努力に励む中小・零細にはムダな取り越し苦労でしかない。自らの判断と予想で道を切り開いていくしかない。これまで蓄えてきた知恵と才覚、経験などをアレンジして進むことになる。〝お釈迦様でも分からない〟これからの先を、自分なりの結論を築いていく。それが答えだ。
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