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射界
2018年11月12日号 射界
2018年11月19日
テレビで『西郷どん』が話題になっているが、彼と鹿児島県・錦江湾で入水自殺した月照(げっしょう)の事跡は、なぜか余り語られていない。幕末時代、吉田松陰とも交流があった尊王攘夷派の月照だが、その頃、文字は違うが同じく月性(げっしょう)と名乗る尊王攘夷を唱える別の僧がいた。
▲彼は自著『清狂吟稿』の中で、「男児志を立てて郷関を出ず…(中略)人間到る処に青山あり」と書き残していることで有名。男子たる者、いったん志を立てて故郷を出たからには、それが叶わなかったとしても、再び故郷に戻ってはならない。骨を埋めるのにこの世の中、至る所に墓所とすべき青山ありとして、まじめに厳しく生きてきた強い気迫が偲ばれる。
▲平凡だが穏やかな人生を全うする人がいれば、自ら望んだわけではないが、いつも波乱万丈のうねりの中に身を置き、それを楽しむような人もいる。いずれを好むかは別として、望んでも穏やかな人生を歩むとは限らない。事の大小はあっても浮沈の淵に翻弄されて生きてきただろう。限りある知恵を絞って抜け出る道を探し、浮世の辛酸を否応なくなめてきた。
▲人の生き方とは、どのように死んで、どのように生きるかの問題でなく、死の間際まで、どう生きたかであると月性は書き、彼自身の心底深く刻んできた。これは漢詩『青山あり』に表現されている通りだ。当たり前の人生を送り、年老いて寿命を迎え、生まれた地に葬られるという平凡な生き方を願いながら、浮世では思う通りにはいかないのが現実である。
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