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ブログ・野口 誠一
第190回:必死の説得
2008年10月10日
その後、Mさんはよく事務所へ顔を見せるようになった。雨天で仕事のないときなどは、留守番や「倒産110番」の受付も手伝ってくれるようになった。
そんなある日、私が外出から帰ると、彼が真っ赤な顔をして電話に怒鳴っている。
「あんた、軽々しく夜逃げしたいなんて言っちゃダメだ。逃げたら負け犬、一生浮かび上がれませんよ。どんなに怖くても、誠意をもって債権者と話し合うことです」
どうやら、夜逃げしたいという電話の主を説得中のようである。
「あんたは、知らない土地で出直したいと言うけど、夜逃げする前はみんなそう思うんだ。あんたは楽になるからそれでいいかも知れないが、家族はどうなるんですか。第一、住民票がなかったらアパートも借りられませんよ。いまどき、身元の知れない者を雇ってくれる会社なんてどこにもありませんよ。夜逃げした者には汚い仕事、危険な仕事しかないんです。そんななかで病気にでもなったらどうするんですか。健康保険も使えなくなるんですよ。そんな生活ができますか」
なかなかいいところを衝く。私が説得しても同じことを言ったに違いない。みんな本当のことである。彼の説得はなおも続く。
「どこへ逃げたって債権者は追ってきます。現実に追ってこなくても、あんたが未解決を抱えている限り、心のなかから債権者の影は消えません。たとえば町なかで債権者に似た人に出くわしてごらんなさい。全身から血の気が引くに決まっています。そんなビクビクした人生を送ろうというんですか」
もはや彼は説得しているのではない。自分の体験を語っているのである。自分と同じ過ちをおかさせまいと必死なのである。長かったが、ようやく彼もそこまでたどりついた。 -
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筆者紹介
野口 誠一
八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。 わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。
HP:https://yaokikai.com -
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