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ブログ・野口 誠一
第140回:再起の群像 子供達から絶縁状
2007年8月2日
Nさんが放り込まれた寮は、タコ部屋も同然だった。それから2年余り、Nさんの幽囚生活が始まった。レストランだから食事には困らなかったが、むろん無給である。何よりも悔しかったのは、タコ部屋の住人たちが入れ替わり立ち替わり、「夜逃げ社長」をジロジロ覗きにくることだった。
Nさんが寝たふりをしていると、わざわざ電気を点け、「ほう、こいつが倒産夜逃げ屋か」と冷笑を浴びせていく。零落者は、とかくいじめの対象になりやすい。Nさんは悔し涙を呑んでそれに耐えるしかなかった。
そんな日々のなか、心臓を患っていたNさんの母親が亡くなった。が、知らせを受けても、夜逃げした身では葬式にも出られない。Nさんの身を案じつつ亡くなったという。その夜、Nさんは蒲団をかぶり、声を殺して泣いた。そして夜逃げしたことを心底悔いた。が、すべてはあとの祭りである。
不幸はさらに続く。子供たちが学校で「倒産父さん」と言っていじめられると、手紙で切々と訴えてくる。Nさんは心を掻きむしられるが、どうすることもできない。それどころか、あれほど仕送りすると約束しておきながら、いまだに1円の仕送りもできていない。無給の身では、いかんともなしがたいのである。
そんなNさんにある日、子供たちから絶縁状が届く。そこにはこう書かれてあった。
「お父さんは僕たちを捨てたから、僕たちもお父さんを捨てます。はじめからお父さんなんて、いなかったことにします」
Nさんはたどたどしい文字の手紙を握りしめ、へたりこんでしまった。そして運命を呪った。
すべては自分が播いたタネ、自分の夜逃げが招いた不幸と知りつつも、運命を呪うことによってしか心の平衡を保てなかったのである。 -
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筆者紹介
野口 誠一
八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。 わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。
HP:https://yaokikai.com -
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