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  • ブログ・野口 誠一

    第201回:死神が落ちた瞬間

    2008年12月26日

     
     
     

     Tさんが、とくに頑固だったわけではない。Tさんのなかに居座った死神が、しきりに「死ねばみんなに褒められるよ。あの人は立派だった。債権者に迷惑をかけまいと、自分の命を捨ててまで責任をまっとうした。そう言って褒められるよ」とささやくからである。
     死後の自分に対する称賛の声を聞いてしまったTさんの耳に、私の説得が入り込む余地はない。私は最後の切札を切った。
     「そんなに死にたいなら勝手に死になさい。もう止めません。ただ、これだけは言っておきます。あなたの自殺は犬死です。あなたが死んでも保険金は一銭もおりません。なぜなら、もう奥さんが解約してしまったからです。恨むなら奥さんではなく、私を恨みなさい。解約させたのは私なんですから」
     


     そのとたん、Tさんの顔色がサッと変わった。そしてガックリとうなだれた。自殺を支える唯一の屋台骨が崩れては、それも無理はない。が、それは死神の落ちた瞬間でもあった。
     やがてTさんは「帰ります」と言ってふらりと立ち上がり、そのまま事務所を出て行った。私は黙って見送った。
     本当にこれでよかったのだろうか・・・その後の数日、さすがに私も悶々たる日々が続いた。1週間ほど経ってTさんから電話が入った。
     「会長、ありがとうございました。助かりました……」と言ったきり、あとは泣くばかりで言葉にならない。代わった奥さんも「ありがとうございました。あのとき保険を解約していなかったらと思うとゾッとします」とやはり泣くばかり。
     あれから2人の間に何があったのか、私は知らない。がTさんが三途の川を前にして引き返したことは確かである。2つの命が電話の向こうにそろっていることは確かである。そのことに私もまたうれし涙を禁じ得なかった。

     
     
     
     
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  • 筆者紹介

    野口 誠一

    八起会 会長
    株式会社ノグチプランニング 代表取締役

    昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
    昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。 わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
    しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
    翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
    弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
    再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
    昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
    平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。

    電話番号:03-3835-9510(倒産110番)
    HP:http://yaoki.html.xdomain.jp/

     
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