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    ヤマト運輸 山内社長「災害現場での自発的な配達活動」

    2012年4月13日

     
     
     

     東日本大震災発生時、ヤマト運輸東北支社のスタッフは約1万人、沿岸部だけでも1300人が働いていた。しかし震災当日に安否確認ができたのはわずか数人だった。一方、被災地の社員は震災の翌日から営業所があった場所に集まり始め、お互いの安否を確認し合っていた。しかし周囲には食料も水も何もない。何かしなくては、という気持ちに駆られ、行政や物資のある場所に声かけをし、救援物資の配達を始めた。
     今回の震災について山内雅喜社長が語った。「被災地では9か所の店舗が全壊、58台の車が流され、業務中のSD1人と当日は休みだった4人が亡くなった。社員は地元住民を採用しており、津波の怖さはよく知っている。裏道の知識や高くて頑丈な建物の場所を熟知していたので、周囲に声をかけながら避難ができた」と説明する。


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     自発的な配達支援活動については「本社の対策本部に情報が入るようになり、現地の社員たちが地域住人のために自発的に活動を始めていることがわかった。それならばヤマトとして、全社でその活動をしっかりと支援しなくてはいけないと思い、全国からトラックと人員を集めて『救援物資輸送協力隊』を編成し、送り込んだ」。
     震災10日目頃には営業所止めの形で宅急便が復旧。しかし「現地の社員たちは自宅までお届けしていたようだ。受取人が病人や高齢者、幼児がいたりと、受け取りに来ることが困難なお客様の状況が分かっているからこその自発行動だったと思う」。クロネコのマークを付けたトラックがそばを走ると、ドライバーに手を振ってくれたという。「クロネコヤマトが日常の象徴として馴染んでいたからだと思う。荷物の外箱一面に『頑張って』などの寄せ書きが多く書いてあり、我々が運んでいるのは皆さんの心なんだと実感した」。
     ヤマトグループでは昨年4月、宅急便1個取り扱いにつき10円の寄付を決定。年間の寄付総額は約140億円以上になる見込みだ。「これだけ広範囲で甚大な被害から立ち直るには、速やかに地場の産業を復旧し雇用を生み出さないと、地域の日常生活は取り戻せない」。ヤマト福祉財団を通じ、寄付方法・使い方・使う先を決めることと、無税で全額活用できるスキームを組んだ。より早く形になり、地域に産業基盤として即効性のある給付先を選定し給付する。山内社長は「寄付についても新しいモデルケースができたと思う」と述べる。
     「100周年に当たる2019年の目標は『地域で一番身近で一番愛される会社』。緊急事態対処マニュアルは見直し、有線電話の強化と衛星電話の導入も促進した。ヤマトの物流は毛細血管のように、地域を面で覆うネットワーク。お客様の評価を糧に一層の地域密着を進めていくことがサービス向上につながり、万一の際にも対応ができる」と語った。
    ◎関連リンク→ ヤマト運輸株式会社

     
     
     
     
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