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    商運サービス 佐久間恒好社長「『夢』語れる社員と再建」

    2018年3月2日

     
     
     

     「今に見ていろ」という気持ちで、今日までがむしゃらに仕事に取り組んできた商運サービス(東京都練馬区)の佐久間恒好社長。ここ数年でようやく、「毎日が充実して幸せを感じるようになった」と話す。

     小学校の先生になりたいと思っていた学生時代。父親が大病を患ったため、佐久間社長は家業を継ぐことになる。当初、1年ほど手伝ったあとに、異業種で自分の夢を追いかけようと考えていたが、そのまま会社を継がざるを得なくなった。

     父親の病気が悪化して余命を宣告されたからだ。当時、父親はまだ存命であったものの、仕事ができる状態ではなかった。そのため、佐久間社長は26歳で事実上、経営者として会社を継ぐことになる。この頃から佐久間社長にとっての試練がスタートした。

     当時、佐久間社長につけられたあだ名は「ジュニア」だった。社員や取引先、誰からも「ジュニア」と呼ばれてからかわれていた。社員は言うことを全く聞いてくれず、信用してもらえなかった。

     30歳になった佐久間社長は「このままだと自分も潰れるし、会社も潰れる」という焦りと思いが強くなっていた。肺がんになった母親からも、「会社を辞めてもいいよ」と声をかけられた。その言葉に「やれるだけやって、駄目だったらしょうがない」と決意を新たに取り組むことを決めたという。

     決意してからは、自分の言うことを聞かない社員に対して「私には会社を良くしていきたいという夢がある。協力できないなら他に行ってくれ」と本気でぶつかった。それが原因で13人いた社員が5人、6人と減っていき、会社を維持させるのが大変になった。

     佐久間社長にとって、今日までで一番辛かったのが、この頃だった。「借金して親と同居する家を建てたとたん、両親とも余命を宣告され、会社も思うようにいかず、俺にはできない」と精神的に追い込まれつつあった。なによりも、「同じ夢に向かって頑張れる仲間(社員)がいないことが一番辛かった」と話す。

     踏み止まれたのは、社長が自分で採用した者のなかに、夢を語れそうな人間が何人かいたからだ。「信頼できるメンバーができるかもしれない」という、ささやかな希望が持てるようになったことが、社長を勇気付けた。

     最終的には、父親の頃からいた社員は一人も残らなかったが、今は血縁でない社員3人を取締役までに育てることができた。その3人と将来の夢や、会社のあるべき姿を共有できるようになって、会社がしっかりとまわるようになった。

     「あの当時からすると今は、夢みたいな状況。小さくても良いから家族経営ではない企業体制に持っていきたい」とし、「社員のことを第一に、能力のある人間がリーダーになり、会社を継続させることが重要」としている。

     「誠実に人は生きなければいけない」と両親から教わった。「両親はともに本当に誠実な人だった。その両親が、夢を叶えるために、もっと生きたいといって死んでいった」とし、「だから両親の分も誠実に、何事にも一生懸命になって生きていきたい」という。

     だからこそ、「本気で社員のことを叱り、自分自身も間違ったら誠心誠意謝れるようになった」と、何事にも常に本気で取り組んでいる。佐久間社長は「自分の評価は第三者が決めること。自分が周りから必要とされなくなるまで、頑張っていきたい」とし、今後も会社とともに、業界の発展に力を入れて行く考えだ。

    ◎関連リンク→ 株式会社商運サービス

     
     
     
     
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