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    ピンチはチャンス 今後も休まず事業の拡大へ 吉祥寺総合物流 二瓶直樹社長

    2019年1月4日

     
     
     

    「私は元来、怠け者なのかもしれません。だから休んではいけない」と話す吉祥寺総合物流(東京都武蔵野市)の二瓶直樹社長。同社は、吉祥寺の中心街に拠点を構え、宅配やネットスーパー配送などの軽貨物運送事業を展開している。

    二瓶社長は会津若松市で生まれ、4歳の時に上京。小学4年生から中学生まで武蔵野市で育った。大学卒業後に大手出版社の販売会社に入社。営業のプロとして活躍していたが、30年が経過した頃に会社の事情で閉鎖され、二瓶社長は49歳で職を失った。

    販売会社では、いろいろな仕事を成功させ、営業成績を伸ばしていたので収入も多く、家族のためにマンション投資を行ったが、バブル崩壊で1億円の借金が生まれ、同時に仕事も失う。まさに49歳でこれからという時だった。

    だが、生きていくために立ち止まってはいられない。たまたまコンビニエンスストアで見た求人誌に、軽貨物の会社が吉祥寺に支店を置くために支店長兼営業を募集するという広告が出ていた。それに応募して、たまたま受かったのが運送業界でのスタートとなった。

    採用してくれた会社からの条件は決して良くはなかったが、二瓶社長は「販売会社で営業していた時に出会った評論家の竹村健一氏から『これからの日本は、物流と介護と金融しか伸びない』と言われ、物流に興味があった」とし、迷わず入社した。

    だが、会社の仕組みや、やり方が変だと感じるようになった頃、給料未払いなどで本部と金銭トラブルが生じ、それが発端となって入社1年で、またもや不運に見舞われた。借金を返済しながらの苦しい生活が続いた。

    このような苦境にあって、二瓶社長の心の支えとなっていたのが、妻と大学卒業後から続けている少林寺拳法だった。「ピンチはチャンス」。軽貨物会社の解散で無職となった二瓶社長は、平成14年に個人で運送業を開始。

     

    物流の勉強と安定した仕事を確保するため、ヤマト運輸の委託を軸に、ネットスーパーなどいろいろな仕事を獲得していった。まさにピンチはチャンス。10年で借金を返済するとともに、ドライバーも15人集まって、平成21年12月1日には法人化するまでに成長することができた。

    昼間は運送の仕事、夜は少林寺拳法の道場で道院長(先生)をやりながら、二瓶社長は今日まで休み無く突っ走ってきた。そしてついに昨年の3月、疲労とストレスから体調を崩して入院。これをきっかけに道院長を引退し、軽貨物の事業一本に集中することを決意した。

    二瓶社長は「法人化して8年、ドライバー30人の壁を超えられなかったが、軽貨物の事業に集中するようになって1年で、60人に倍増できた」とし、「今後も休む暇を惜しんで、事業の拡大と、この業態のおかしい部分を変えていきたい」と力を込める。

    そのためには「安易に人を集めて、自分だけ飯を食えれば良いという発想では駄目で、時間がかかっても、元請けの仕事をとっていかなければならない」としたうえで、「私は元来、怠け者だから、これからも休まずに働いていかなければならない」と決意を新たにしている。

    今日もまた、二瓶社長はいつもどおり、朝4時半に起床。神棚と仏壇にお供えして、苦労をかけた妻へのせめてもの恩返しとして毎日洗濯をやったあとに、仕事の準備とご飯の用意を済ませてから、仕事に向かう。

     
     
     
     
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