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    多摩運送・星野会長兼社長「国の基幹は『実運送』にある」

    2007年8月27日

     
     
     

     「実運送の収益率をいかに高めるかが喫緊の課題」と多摩運送(立川市)の星野良三会長兼社長は強調する。
     昨年、東ト協会長に就任してからも「物流の根幹は規模の大小にかかわらず全国の『実運送』業者が担っている。この運賃・料金が適正に収受されない限り、山積する諸問題に対応し切れない」と主張。
     軽油価格高騰もあり、運賃改善の必要性を荷主団体に訴え続ける。この3月に満70歳を迎えたとは思えないほど精力的だ。


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     多摩運送は49年、食糧配給公団の輸送部門が独立。社長には当時、同公団多摩事務所長だった星野氏の父親が就任した。「うちは戦前、米問屋だった。戦争で米が配給制になり、米屋はみんな食料配給営団(戦前は営団)の職員にされてしまった」のがきっかけ。
     当初、駐留米軍の払い下げ車両を使った。「ウェポン・キャリア(武器輸送トラック)にトレーラをつなげたり、軍用中型ジープに米を載せて」運んだ。やがて顧客ニーズに応じ名古屋、大阪、広島、福岡に営業拠点を拡大。60年代以降、米の流通の自由化が進み「座して待つ」商売にあぐらをかいていた米専門の運送各社は大打撃を受けるが、それを見越して米・粉・麦以外の取扱品目拡大に努めていた同社は大きな影響を受けずに済む。「米の卸問屋と専門の運送会社を必ず通っていた米が、全く通らなくなったのだから専門業者は大変だった」。
     星野氏が社長に就任したのは、74年2月。第一次オイルショックで「荷量が激減」していた。就任早々「車、人を減らし、事務所を閉鎖して土地を売却する一方、遊休地に倉庫を建てるなどできる限りの対応」に駆け回った。
     その後、大きな障害もなく社業を伸ばしていた同社だが、バブル崩壊で想像以上に業績が落ち込む。100億円以上あった売り上げも99年には80億円まで減少、10億円あった利益は1億5000万円程度に。
     「このままでは赤字に転落する」と危機感を抱いた星野氏は社内改革を断行する。「プロジェクト多摩」を発足させ体質改善に努めたほか、「自分が変わる、組織を変える」を合言葉に社員全員の意識改革を進めた。「何しろ世の中が変わってしまったのだから考え方を変えない限りダメだと思った。それにしてもバブル崩壊で経済構造が世界的に変わってしまったことに気付くのが遅かった。単なる景気の循環でいずれ良くなると勘違いしていた」と回想する。
     毎朝8時から40分程度の「早朝営業会議」を始めた。本社営業部員のほか現場の責任者クラスを集め、星野氏も必ず出席して情報交換。営業に関する事案は些細なことから投資案件まですべて報告させ「即決」した。
     00年以降はV字回復を果たし今年の3月期決算では、売上高が多摩運送本体で110億円、グループ全体で150億円。本体の税引前利益は約7億円を確保した。「悪化した業績をこの時期に回復できたことは経営トップとして充実感がある」。「近い将来、若い人たちに任せ、自分としては『資本と情報』を活用した新たな事業分野、ホールディングス制も研究し、M&Aも視野に入れた足し算でなく『掛け算』の世界にチャレンジしたい」と語った。(土居忠幸記者)
    【会社概要】
    資本金=3億円。従業員600人。保有車両470台。運用倉庫74棟。食料をはじめ精密機器から重機まで幅広く扱う。
    ◎関連リンク→多摩運送

     
     
     
     
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