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運送会社
萬運輸・東海林社長「ゆっくりでも着実、でも確実に」
2007年9月5日
昭和37年に設立された萬運輸は、今年で46期を迎える。45期の売上高は37億円。横浜市鶴見区の本社営業所をはじめ、小山営業所や御殿場営業所など5か所に営業所を構え、事業展開している。自動車部品輸送が主力だが、食品輸送や物流センター運営にも手を広げている。
同社は、現社長の東海林昭市郎氏が昭和34年に発足させた個人商店「東海林商店」がその原型。
昭和24年に、自動車部品メーカーである萬自動車工業(現ヨロズ)に入社した東海林氏は、自動車メーカーへ納品業務に従事していた。「様々な提案を行い、会社発展のため尽力していた」というが、会社にはオーナーがおり、身内である後継者が既にいた。「このまま続けても社長になれる可能性はない」と決心した同氏は、8年間のサラリーマン生活にピリオドを打ち、昭和34年に起業する。それが東海林商店だ。
その3年後、当時の限定貨物自動車運送事業免許を取得、株式法人に改組した。同社は、東海林氏が勤めていた会社と自動車メーカーを結ぶ自動車部品輸送を開始。その後、高度経済成長とともに、順調に業績をあげてきた。
ただ、すべてが順風満帆であったわけではない。「一難去ってまた一難の連続だった」と同氏が振り返るように、苦悩も幾度となく経験した。
仕事が増えると、人が足りない、資金が足りないという問題に直面した。一方、仕事が減ると、今度は人が余る、車が余るという問題に苦悩した。また、交通死亡事故に直面した。
そのたびに精神的に悩んだという同氏だったが、同時に、「心臓にコケが生えてきた」と、一方で強さも育まれた。
数年前には、荷主である自動車メーカーの大規模な物流改革に遭遇した。それまで、60数社あった取引先との契約を大幅に見直すというものだった。取引する事業者にとっては、まさに戦々恐々だった。結局、60数社あった取引先は、9社にまで絞り込まれた。その九社の中の1社に萬運輸は残った。
「品質管理、輸送管理、そして、安全に品物を届けるという努力を欠かさなかった」と振り返るが、まさに、企業努力の賜物だった。「お客様に満足して、もらえるサービスを提供することが我々の使命」と話す同氏は、創造企業であり続けたいと願っている。
自動車部品に加え、食品や物流センター運営、そして整備事業と、間口が広がった。従業員も230人を超えるまでになった。「会社を守るというプレッシャーは、規模が大きくなると、それだけ大きくなる」というように、相当なプレッシャーもあるというが、何度も苦難を乗り越えてきた同氏には、それを楽しむ余裕さえ感じられる。
経済が低調に推移する中、同社も踊り場にきたと捉え、事業拡大よりもむしろいま、社内の見直しを行っている。グリーン経営やGマークそして、環境規格のISO14001の取得など、社内の足場をしっかりと固めている。
また、「ここ数年間で社長を降り、経営の一線を退く」と、もう目前に迫った50期を前に、後継者へのバトンタッチも視野にいれている。
「鯉の滝登りではなく、どじょうのにょろにょろ登りで構わない」というのが、同氏の経営論だ。一気呵成ではなく、ゆっくりでも着実に、確実に成長してきた同社に、その社長の言葉が重なる。
【会社概要】創業=昭和34年。資本金=9900万円。従業員 =230人。自動車部品輸送を主力とし、食品や物流センター運営、整備事業にも手を広げている。5か所の営業所で、保有車両は大型ウイング車や大型冷蔵冷凍車など140台。
◎関連リンク→萬運輸 -
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