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    苫小牧国際コンテナターミナル 「輸出減少」問題点を再認識

    2012年10月9日

     
     
     

     東日本大震災の発生から1年半が経過した。震災直後から、北海道内の港湾は被災地の支援や代替拠点の役割を担い、物流面で大きな貢献をした。道内最大のコンテナターミナル「苫小牧国際コンテナターミナル」では震災後、いち早く稼働を開始し、混乱する情勢の中で、大量の物資の受け入れや供給を行った。同ターミナルの蔵置・シーケンスをコントロールする苫小牧港外貿コンテナ事業協組の高橋清志専務に、震災時の対応と稼働状況などを聞いた。
     震災時は苫小牧港にも津波が押し寄せ、コンテナターミナルの岸壁ぎりぎりまで水かさが上がった。急いでターミナル職員と作業員全員を自宅退避させたほか、待機していたトレーラも帰し、接岸荷役中だったコンテナ船も沖合に避難させ、なんとか持ちこたえたという。


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     「初めて年間20万TEUを突破し、意気揚々としている時期に震災が起きた。満潮に近づいている時間帯だったので、津波の第一波、第二波がぎりぎりまで来た。好運にも浸水を免れ、ターミナルは無傷だったため、翌々日から平常通りの営業を再開させることができた」と振り返る。「一番悩んだのは、100台以上並んでいたトラック。遠い所から来てコンテナ待ちをしているので、帰りたくないのは分かっていた。説明しても当初は受け入れてもらえず、緊迫した状況を理解してもらえなかったが、張り紙をするなどして、何とか退避してもらった」と語る。
     しかし、本当に大変だったのは震災後。苫小牧港は、仙台、八戸、日立港などの代替港としての役割を担い、物流をストップさせることなく稼働した。3月末くらいからコンテナ取り扱いが激増していく。原因は、福島原発沖の太平洋上の航行を一時的に回避して釜山港経由の日本海航路に変更を余儀なくされたフィーダー船社のコンテナや、東北で被災した飼料工場、ビール工場、木材工場などに向かっていた輸入貨物の代替受け入れ、道内メーカーの増産体制による原料輸入や、そのほか生活関連物資などの輸入が一気に増えたことだ。
     「5月の大型連休直前には、輸入貨物が瞬間的に前年比156%に急増し、空コンテナも166%に増加した。そのためコンテナの置き場が足りなくなり、ターミナルは急激な狭隘化、オーバーフローの状態に陥った」という。
     4月23日には急きょ、各船社代表者、総代理店、エージェントに向けて港湾管理者と共に「異常事態宣言」を発した。長期滞留中の空コンテナの早期ポジショニング、輸入コンテナの早期搬出などを呼びかけた。
     並行して、臨時の砂利土場のヤードを10日間の突貫工事で構築したほか、港湾会社の私有地ヤードの臨時賃借や整備中ヤードの前倒し使用などの対策をとった。高橋専務は「震災対応のための特別な対処により、5万9123平方mの臨時ヤードを確保し、3833TEUの臨時蔵置が可能となった。これで何とか急場をしのげた。荷役機械もトランスファークレーン5基、トップリフター6基、フォークリフト2台をフル稼働させ、オペレーターも増員し、物流の停滞を防いだ」と説明する。
     5月の大型連休に入ると、次第にコンテナの取り扱いが減少し、9月に入ると急落した。現在は震災以前の取り扱いに戻り、ようやく落ち着いてきた状況だという。
     一方で、このような震災後の対応を受けて同専務は、北海道の物流の問題点も再認識したという。「輸出については震災に関係なく減少傾向に歯止めが効かず、前年比38%減と減る一方だった。とりわけ円高の影響が大きく、かつて輸出シェア60%を誇っていた紙類が20%程度にまで落ち込んでいる。輸入ばかりが増加し、輸入8割、輸出2割とバランスの悪さが加速している。輸出の少ない港は船会社が魅力を感じなくなり、輸出があるからこそ国際物流が活性化する」と指摘し、「製造食品や野菜・果物などの農産品は、それぞれ輸出シェア0.3%程度しかない。北海道が強みを持っている、これらの品目の輸出を増加させる取り組みが今後は求められる」と強調した。

     
     
     
     
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