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    東日本倉庫 馬場社長 「険しい道のり、前を見続け」

    2015年10月19日

     
     
     

     昭和27年に食糧庁指定倉庫として創業を開始し、現在は通関・運送・賃貸と幅広い事業を展開する東日本倉庫(馬場俊彰社長、福島県郡山市)。数ある倉庫のなかでも須賀川倉庫は、東京港からの海上コンテナ、米穀類などの大きな貨物や出入りの頻繁な貨物の保管需要の増大で、同社の一大拠点となっている。「福島県は東北の玄関口として首都圏から200km圏内という好立地で、農業はもちろん、多くの工場が進出している、製造品出荷額は東北ナンバーワンの県。まだまだ伸びしろのある地域」。笑顔で話す馬場社長だが、道のりは大変険しいものだった。
     リーマン・ショックによる世界同時不況のさなかの平成21年に社長就任。翌22年には、長年会社を導いてきた2代目・宏祐会長が死去し、そのわずか半年後の平成23年に東日本大震災で被災した。
     「当時を振り返ろうとしても思い出せない」。それだけ必死だった。「今よりも悪くなることはないだろう」と自身に言い聞かせ、ひたすら前を見続けた。


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     本社のある郡山市は、県内で最も人口の多い中核都市。発災当時は「県外に引っ越したり、家の中に閉じこもってしまったりと、駅前には全く人がいなくなってしまった」と馬場社長。ゴーストタウンと化した街を目の当たりにして、「果たして商売ができるのかという不安が襲った」という。
     住民が次々と避難していく中、真っ先に駆け付けたのが倉青協の仲間たちだった。「張り詰めた空気が和らいで、自然と笑顔がこぼれた。大きな勇気と希望をもらった。こうした温かい交流があったから、逃げずに福島で復旧・復興し、むしろ震災前よりも発展させようと思った」。一大拠点の須賀川倉庫も大きな被害を受けたが、昨年、これに隣接して1200坪の災害に強い倉庫を建設した。
     「自社の目の前に仮設住宅があって、今でも住んでいる方がいらっしゃる。一方、自分は普通の生活をしている。同じ県民なのに、という違和感があり、正直、なんて言葉を掛けたらいいか分からない」。しかし、同社長は心を強く持ち、前を見据える。「被災する前よりも発展している姿を見せることが、県を元気にする。そして被害に遭った県が元気になれば、間違いなく日本の活力になる」と信じて事業に精を出す。「倉青協の仲間には本当にお世話になった。新執行部の運営委員長として会員の皆さまに恩返しできるよう取り組みたい」と話す。
     物流不動産の台頭にも負けないノウハウがあると自信をのぞかせる。「お客様からのヒアリングで希望に沿った物流を我々が組み上げて提供できれば、まだまだいける」。
     特に地元福島の顧客との面談では、9割が世間話だが、世間話の中に顧客の〝真〟のニーズが眠っている。「直接仕事につながらないこともあるが、困ったことがあれば知り合いを紹介したり、アドバイスをしていく。一度の出会いを大切につなぐことで、最終的に物流の仕事ができたときに声をかけてもらえる」。
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     顧客にとって、一番身近な物流事業者でありたい――。馬場社長の願いだ。そのためには、「顧客にマッチした最高のサービスを提供できる環境の整備が必要」と、今後の課題として物流ネットワークの強化を挙げる。倉青協メンバーや国内各地で活躍する同業の仲間、さらに海外の物流事業者との協力関係を広げていきたいと意気込む。
    ◎関連リンク→ 東日本倉庫株式会社

     
     
     
     
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