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  • ブログ・野口 誠一

    第364回:飛躍への「転機」

    2012年6月11日

     
     
     

     私は栃木県で製麺業を家業とする家に生まれました。父は事業欲、発展欲が強く、単なる個人経営に終わりたくなかったのでしょう、同業者9人に声をかけ、協業組合をつくり、700坪の土地を購入して大規模な設備投資を行い、県下随一の新しい製麺工場をスタートさせました。昭和46年、私が小学校3年のときでした。


     共同経営ですから、それなりに困難はあったと思いますが、父は人徳とリーダーシップがあったようで、事業は順調に推移しました。生めん業界は零細規模の家業が多く、年商2億─3億円の製麺工場といえば、地方エリアでは中堅、大どころです。父の会社は年商4億円を上回り、昭和40年代後半から50年代を通じ、栃木県下ではトップの売上高でした。私も学生時代、年末の繁忙期にはよくアルバイトしたものです。その頃から父の事業を継ぐことになるだろうと思っていましたが、大学を卒業して2年間は製粉会社で修業し、昭和61年、父の会社に入社しました。
     父の会社は当時、地方拠点のスーパーマーケットや個人経営の小売店、食堂など、業務筋を中心に販売していました。ただ、コンビニの多店舗展開や、大手資本のSC展開も徐々に始まりつつあり、父はいずれ個人経営の小売店はコンビニに取って代わられると予見し、その方面への販売に目を向けはじめました。やがて、栃木県内に70店舗を展開するコンビニ1社との取引が始まり、それが飛躍への転機になりました。
     コンビニへの納入商品はめん、スープ、具材が1パックのなかにセットされたもので、業界では「調理麺」と呼ばれています。これが消費者の需要にぴたりと適合し、とくに夏のシーズンには爆発的な販売数量になりました。

     
     
     
     
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  • 筆者紹介

    野口 誠一

    八起会 会長
    株式会社ノグチプランニング 代表取締役

    昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
    昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。 わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
    しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
    翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
    弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
    再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
    昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
    平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。

    電話番号:03-3835-9510(倒産110番)
    HP:http://yaoki.html.xdomain.jp/

     
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