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射界
2019年2月18日号 射界
2019年2月25日
皮肉な言い方だが「嘘つきには記憶がよくないとなれない」という。偽名を使う人は、いつ、どこで、どんな偽名を使ったかを覚えていないといけないからである。ローマ帝政の時代、弁舌家として鳴らしたクインティリアヌスの言葉であるが、今の我が国政情と照らし合わせて頷けるから悲しい。
▲そもそも記憶とは、何かが起こり、まだ完全に終わっていないときに残る、何かである。これを具体的に定義したのが米国の心理学者エドワード・デポノの『頭脳のメカニズム』だ。彼は同書のなかで、記憶を〝飲み残したウイスキー〟とも評している。確かに人は、色んな記憶の中で暮らし、飽きもせず退屈もしないで、悔いや希望を繰り返して過ごしている。
▲だが、年を重ねるごとに記憶力は衰えていく。つい物忘れをした時、「年のせいで…」と弁解しながら記憶力の衰えと位置づけ、判断力の劣化とは受け止めない。仮に、毎日の暮らしを〝読み切り小説〟と見立てるなら、前の日の出来事など記憶しておく必要はない。記憶とは過去の残滓に過ぎず、せっかくの恋愛小説も戯れ言となって味気ない綴り方に終わるはず。
▲記憶とは、過去の世界に自分を繋ぎとめるパイプ役でもあるが、全ての記憶が残されたとしたら、こんな窮屈なことはない。それを和らげるのが「忘れる」という働きだ。記憶と忘却は一見、対極にあるようだが実はそうでない。記憶の全てが生き続けるとしたら過大な重荷となって自滅する。希望に満ちた記憶を思い起し、新しい記憶には、それを期待したい。
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