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    屋台焼きそばに涙… 救援物資輸送に同行取材

    2011年4月25日

     
     
     

    hisaiti_0425.jpg ここに本当に町があったのかさえ分からない、そんな光景が眼前に広がる。津波の恐怖、そして爪あとの大きさが伝わってくるが、そんな中でも被災者らは懸命に生きようとしている。そうした被災者らをサポートしようと、さまざまなボランティア団体が立ち上がっている。その中のひとつ、千葉県の運送会社などが集まって結成した団体に同行し、岩手県陸前高田市への救援物資の輸送を取材した。



     今回、同行したのは「とどけようfrom千葉」をスローガンに結成された団体。冷凍車のレンタカー事業を手掛けるA─TRUCK(船橋市)の守屋慶隆副社長や食品輸送の蒼和(柏市)の藤平幸子社長らが音頭を取って結成、興正運輸(松戸市)の池澤革社長ら法人25社、個人80人が参加している。

     記者が同行したのは4月13日。救援物資を積んだ4トン車、鉄板を積んだ2トン車、そしてマイクロバスに分かれて乗り込んだ一行は、震災で甚大な被害を受けた陸前高田市に向け、前日の12日午後11時に千葉を出発した。

     東北道を北へ走り、水沢インターチェンジを下りる。途中の休憩を挟みながら走ったが、地震の影響からか、道路の至る所にくぼみができていた。

     行き止まりの橋で迂回を余儀なくされるなどの影響もあったが、国道343号を海岸に向け車を走らせる。陸前高田市に入っても、風景は変わらない。のどかな自然に囲まれた景色が広がる。本当に地震があったのかわからないほどだ。

     しかし、山道を下ったとき目の前の光景は一変。瓦礫が散乱し、そこにあったはずの家は流されて跡形もなく、強固な鉄板も異様な形に変形している。

     まだ、海岸から10キロも離れた場所である。さらに沿岸部に近づいていくと言葉を失った。病院やホテル、マンションの一部は原型をとどめていたものの、その他の建物は跡形もなく、眼前には、ただ瓦礫の平地が広がっていた。

     途中、自衛隊員が行方不明者の捜索を行う姿を見かける。陸前高田市は津波で16日現在、1295人の死者を出し、1100人以上の行方不明者がいる。日夜、懸命の捜索が続いているようだ。

     震災後に新たに補修された道路を走りながら目的地へと向かう。道路脇は瓦礫の山だ。車2台が行き交うのがやっとの道を進み、午前11時にようやく目的地に到着した。

     到着したのは、陸前高田市の新田地区災害対策本部。ここは自宅などに避難する住民のための対策本部で、情報の共有場所だ。

     着くとすぐに救援物資を運び出す。4トン車には水やオムツ、衣類など目いっぱいの物資が積まれていた。指定された保管場所に、リレー方式で手際よくどんどん積み上げられていく。

     あっという間に運び込まれると、今度は昼食の準備にかかる。鉄板焼きの装置が装着された2トン車がそのまま屋台となり、焼きそばや餃子が焼かれる。自宅で避難生活を送る住民らが、対策本部に集まってくる。口々に感謝の言葉を口にする住民、中には涙を流す人の姿もあった。

     集まった住民らに話を聞くが、まだ復興の兆しはなく、「将来への不安は大きい」と話していた。被災地は、自衛隊などの協力で道路が復旧し、トラックが行き来でき、物資が届けられるようになってきた。同被災地も、まだ不足感はあるものの、ボランティア団体などのおかげで物資は届いているという。

     住民らが食事を済ませ、それぞれ自宅へ帰るのと同時に、一行も帰路に着いた。今回の同行で、被災地の状況、そして救援物資輸送の状況などを実際に見ることで、ある程度は把握できた。トラックが被災地へ救援物資を輸送する重要な役割を担っていることを理解し、改めてトラックの重要性が認識できた。(高田直樹)

     
     
     
     
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