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射界
2019年10月21日号 射界
2019年10月28日
「遠慮」と日本語で言えば「ひかえめにしてわい曲に断る」という意味になるが、中国の古典「論語」に出ている「遠慮」とは、「目先のことにとらわれず、遠い先々のことまで見通して、よく考える、深慮、深謀遠慮」(三省堂)のこととなる。時代や国が違えば言葉の意味が違ってくる。
▲例えば、新しいは「あたらしい」と読むが、以前は「あらたしい」と読んでいた。時代とともに言葉の読み方が変わってしまった。慮るも「おもんぱかる」より「おもんばかる」の方がよく使われている。「潮時」も物事が終わる際に使われているが、元々は「あることをするための、丁度いい時期」(広辞苑)をあらわしている。「煮詰まる」の意味も同じだろう。
▲言葉は常に人とともにある。ほとんどの人が「間違って」覚えている言葉は、すでに間違っている「言葉」が正しいのかもしれない。交通事故などを発生させることを「事故る」というが、すでに一般的になっている。若者だけに通用する言葉もある。「タピる」と言われても、筆者には何のことやら検討もつかない。「タピオカティーを飲みたい」らしい。
▲言葉は人とともに常に変化している。ただし、若者言葉などは10年もすれば消えているものも多い。あえて使うべきでない言葉もある。柔軟に受け入れるものは受け入れ、頑なに守らなければならないものもある。それは経営でも同じ。経営者にとって、譲れない一線をどこに置くか。経営者にとって千差万別だろうが、その部分はきっちりと守りたい。
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