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ブログ・野口 誠一
第138回:再起の群像 公害が倒産に拍車
2007年7月19日
本来なら潰れていてもおかしくない会社が、なぜ生き残っているのか。そのNさんの疑問はやがて氷解した。秘密は融通手形と三重帳簿にあった。父親は仲間や業者と融通手形を切り合っては、その場を凌いで金融機関用と仕入れ専用、そして本物の3つの帳簿をつくって経営実態を粉飾し、融資と信用をつなぎ止めていたのである。
Nさんが引き継いだとき、経営はすでに破綻していたと言っていい。Nさんに少しでも経営経験があれば、おそらく父親の死とともに会社も葬っていたに違いない。が、若さと2代目の責任がそれを許さなかった。時あたかも新工場を建設中で、それは父親の悲願であり、資金手当もついており、到底放り出すわけにいかなかった。
Nさんは新工場を大幅に縮小して投資額を抑えたが、融通手形と三重帳簿という2つの負の遺産からは、ついに抜け出せなかった。融通がストップすれば、たちまち倒産である。それに、粉飾を明るみに出すことは父親の悪事を暴くに等しい。Nさんはズルズルと深みにはまっていく。
融通手形は膨らむ一方で、業績もいっこうに好転しない。「頑張ればなんとかなる」と思い込んだ若さも、徐々に自信を失いかけたところへ、今度は公害問題が突発した。
タイルの素焼きには大量のクロムやセレニウム、鉛などの有害物質を使うが、新工場ではその廃液をタレ流しにしていたのである。
それが保健所の水質検査で見つかり、Nさんは工場閉鎖か処理施設完備かの二者択一を迫られた。が、処理施設の完備には8000万円余りもかかる。Nさんにそんな余力などあろうはずもなく、あえなく工場閉鎖となり、1億8000万円の負債を抱えて倒産に追い込まれた。Nさんが父親の経営を引き継いで7年目のことである。 -
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筆者紹介
野口 誠一
八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。 わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。
HP:https://yaokikai.com -
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