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ブログ・川﨑 依邦
経営再生物語(192)二代目の決断〈事例A〉
2018年5月2日
〈勇気ある撤退〉
A社長は2代目で、35歳の青年経営者である。90%の人件費率の配送ドライバーとは、それこそ5歳の頃からの付き合いである。人情として、世間でいうところのリストラはしたくない。リストラとは大幅な賃金カットやクビのことである。
その上、創業以来の荷主と縁を切るのにも情が絡む。A社長の父親である先代の知恵と汗で守り抜いてきた荷主を捨ててもいいだろうか。毎朝、先代を祭っている仏壇に手を合わせて自問自答する。A社長は決断した。全面撤退である。20%の売り上げダウンという事態からの再起をかけることにした。決断理由は次の通りである。
①荷主としての魅力がない
この荷主はこのところ、3年連続して物流費をカットしてきている。3回目はひどかった。物流費のカット通告日からさかのぼって6か月前からカットするというのだ。6か月前からというと、すでに資金繰りに使っている。
「今さら、なんだ」。その上、この荷主はカットした物流費の一部を自社の社員に報償金として配分とした。「業者を泣かしたその涙で、自らが果実をむさぼるというのか」「先代の血と汗の苦労を思うと、簡単に荷主を切り捨てていいものではない。しかしあんまりだ。オヤジ、分かってくれ」とA社長は言うのである。
共存共栄という言葉がある。荷主だけいい目をして、業者を泣かすだけでいいのか。共存共栄どころか弱肉強食の世界である。A社長は決断に至るプロセスで眠れぬ日々を送った。夢の中で先代と話した。
「オヤジ、企業とは何だ。企業とは利益を上げていくことだ。このままだと社員にしわ寄せするばかりだ。企業の存続も難しい」
「オヤジは耐えろとよく言っていたが、耐えていいことと悪いことがあるのではないか。この荷主のやっていることには耐えられない。意地をみせてやりたい」
「会社はつぶしたくない。オヤジの苦労はよく分かっている。しかし、20%の売り上げダウンということになればギリギリだ。このまま、この荷主にしがみついていてもロクなことはない。たとえ麦飯を食っても生き延びてやる。もし、それでもつぶれたら、オヤジ許してくれるか」
夢の中での自問自答、オヤジとの会話である。
②運送の自社収支が赤字である
対売上高比率90%のドライバーがいる。全体でも人件費率は70%を超えている。回復の見込みもない。全面撤退ということになれば、配送ドライバーの処遇をどうするか。配置転換、賃金カット、クビ切りもしにくい。人情が絡む。この荷主の仕事をしている配送ドライバー10人を集めて職場ミーティングを行うことにした。平均年齢50歳のドライバーの集団である。職場ミーティングの内容は次の通りである。
【1】経営数字の説明︱—自社収支の構造的赤字
【2】全面撤退の方針について
【3】処遇について
10人の配送ドライバーは真剣にA社長の説明に聞き入った。口々に反論する。
「赤字と言われたって、オレたちまじめに働いてきた。オレたちの責任ではないよ」「ここまで悪くなる前に、何とか営業努力ということはしなかったのか」「家のローンが払えなくなるよ」︱︱。
それぞれ悲痛の訴えである。しかし、このままだと会社がもたない。A社長は全力で一人ひとりに語り掛けていく。企業経営者の決断は重い。10人の配送ドライバーは、無念の思いでA社長の決断を受け入れざるを得ない。これからの身の振り方の相談に入る。倉庫内作業の配置転換を受け入れた者が4人。後の6人は退職の道を選んだ。A社長は会社の許容できる目いっぱいの退職金を支払った。苦しい決断である。
(つづく)
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筆者紹介
川﨑 依邦
経営コンサルタント
早稲田大学卒業後、民間会社にて人事・経理部門を担当し、昭和58年からコンサルタント業界に入る。
63年に独立開業し、現在では『物流経営研究会』を組織。
中小企業診断士、社会保険労務士、日本物流学会正会員などの資格保有。
グループ会社に、輸送業務・人材サービス業務・物流コンサルティング業務事業を中心に事業展開する、プレジャーがある。
株式会社シーエムオー
http://www.cmo-co.com -
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