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ブログ・川﨑 依邦
経営再生物語(296)人材育成について(9)事例(3)
2020年7月13日
・B課長の失敗
B課長はまじめでコツコツと仕事をする。入社して20年、課長に昇格した。職場は女性パート中心の20人ばかりの長である。B課長は職人タイプで、今まで人に頼らず、自分中心で仕事を行っていた。今回、そのコツコツとしたまじめぶりを買われて課長になった。B課長は、はじめは固く断った。「自分は製造現場の機械職人としてやってきた無学な人間です。機械扱いには慣れていますが、人の扱い、しかも女性の扱いはできません」。社長はB課長の申し出をはねつけた。いやいや課長になったBさんは、どうもうまく職場をまとめられない。「やっぱり自分には向いていない。誰も自分の思い通りに動いてくれない」。B課長は職人タイプで何でも自分でやってしまう。汗をかいて職場にはまり込んで働く。ロスの連続で、1人かっかとなっている。
ついにB課長は女性パートとケンカをして、昼から職場を放り投げて自宅へ帰ってしまった。社長はびっくりした。「20年間、コツコツと働いてきたのに、職場を投げ出すとは信じられないなあ」と工場長に話しかけた。女性パートの年齢は20歳、当の本人は40歳、いわば子供と大人みたいなのにケンカをするとは何たることだ。しかも家へ帰るとは開いた口がふさがらない。工場長はB課長の自宅へ電話した。B課長「工場長、すいません。自分は向いていません。辞めさせてもらいます。妻にも話して了解してもらいました。今なら転職しても何とか使ってくれるところもあります」
B課長の職場放り出しの原因は、どこにあったのか。20年間職人としての腕はあったが、人使いについてはゼロであったところにある。ただの1回も人をうまく使ったという成功体験がない。女性パート中心の20人の長としてはじめから「ダメだ」のコンプレックス。しかも社長にいやいや押し付けられている。これがB課長の失敗原因だ。
先に述べたA君と比較してみよう。A君の場合は名コーチがいた。それに比してB課長はいなかった。A君は自らすすんでやろうとした。自発性を発揮した。これは大切なところで、いくら人にすすめられても、当の本人がその気にならないと人間的成長のきっかけにならない。その気になったきっかけは、走ることという自分の好きな行動で、減量や小集団活動のリーダーという成功である。B課長は人をまとめていったり、チームワークで仕事をするという成功体験はなかった。むしろ、自分のカラに閉じこもり、狭い視野で20年間過ごしてきた。そして課長に昇格して、自分の思い通りにならない職場の現実で、ついにつぶされてしまった。
人材育成は、経営活動にとって重いテーマであるが、そのエネルギーとなるのは、プロセスにある。プロセスの中に成功体験を積み重ねていくことだ。
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筆者紹介
川﨑 依邦
経営コンサルタント
早稲田大学卒業後、民間会社にて人事・経理部門を担当し、昭和58年からコンサルタント業界に入る。
63年に独立開業し、現在では『物流経営研究会』を組織。
中小企業診断士、社会保険労務士、日本物流学会正会員などの資格保有。
グループ会社に、輸送業務・人材サービス業務・物流コンサルティング業務事業を中心に事業展開する、プレジャーがある。
株式会社シーエムオー
http://www.cmo-co.com -
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