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  • ブログ・川﨑 依邦

    一人でも入れる労働組合がやってきた(15)いつまで「ノー」をつらぬけるか

    2011年10月4日

     
     
     

     第1回の団体交渉はなんとか終了した。今思えば時間切れがよかった。近くの公民館での使用時間が2時間だったので、それ以上は会場の使用時間を延長できないからである。それにしても、つくづく大変だと実感するA社長。このまま「ノー」で、いつまで突っぱねることが出来るか。



     大物氏いわく、「社長、経営が苦しいのはよくわかります。だからと言って『労働基準法を守らない』と開き直るのは問題ですよ」。大物氏によると、経営が苦しいのは荷主のせいもあると述べる。荷主の運賃が低く、頭を押さえつけられているからという。「一緒に荷主のところへ行ってもいいですよ」。A社長は内心うろたえる。「労働組合と手をつないで荷主のところへ交渉するなんてとんでもない」。

     A社長は以前、荷主の物流責任者と酒席を共にしたことがある。その時、労働組合の話題になった。「A社長、間違っても一人でも入れる労働組合を結成されないでくれよ。結成されたらうちは困るよ」。暗に取引停止をほのめかす。以前に、一人でも入れる労働組合が荷主の本社までやって来て、ビラをまかれたことがあるという。「ビラの中に『株主総会に乗り込んで発言する』とあって、うちの経営者はびっくりしていたよ」。

     更にハード(強面)氏いわく「社長、経営が苦しい、苦しいと言うのであれば、決算書を公開しろ!」。A社長は労働組合に経営公開する気などサラサラない。ハード氏は攻めてくる。「荷主のところに街宣車を回してもいいよ」「いつまでも『ノー』をつらぬくのなら、争議行為に突入するよ」「全組織をあげて対決するよ」。頭に血がのぼる発言の数々である。

     A社長は30歳の時に4トントラック1台で運送業をスタートした。それから30年経つ。いろいろなことがあった。死亡事故もあった。バブル崩壊で売り上げが急減した。リーマン・ショックもしかり、倒産の危機にも直面した。資金繰りがつかず「もう駄目か」と追い詰められたこともある。4トントラック1台でスタートした時は、がむしゃらに働いたものである。寝る間も惜しんでハンドルを握り続けた。眠くなると目の下にメンソレータムをつけ、それでも眠くなるとタバコの火を手につけた。一生懸命働き、乗り越えてきた。

     ところが、今回の一人でも入れる労働組合は今まで経験したことのないピンチである。このまま運送会社を続けていくかどうかの瀬戸際に立たされている。いつまで「ノー」で突っ張っていけるか。A社長の苦悩は深まる。

     
     
     
     
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  • 筆者紹介

    川﨑 依邦

    経営コンサルタント
    早稲田大学卒業後、民間会社にて人事・経理部門を担当し、昭和58年からコンサルタント業界に入る。
    63年に独立開業し、現在では『物流経営研究会』を組織。
    中小企業診断士、社会保険労務士、日本物流学会正会員などの資格保有。
    グループ会社に、輸送業務・人材サービス業務・物流コンサルティング業務事業を中心に事業展開する、プレジャーがある。

    株式会社シーエムオー
    http://www.cmo-co.com

     
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