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  • ブログ・野口 誠一

    第268回:バブルはじけ赤字経営

    2010年5月21日

     
     
     

     スピーチのトップ・バッターは株式会社ナリテツ(北海道)の成澤正光社長である。以下は彼の生の声である。
     八起会創立30周年、おめでとうございます。私ども倒産者の駆込寺として、30年も八起会を運営してこられた会長、会員のみなさまに、心より感謝と敬意を表したいと思います。ありがとうございました。
     私は、北海道の釧路地方の小さな漁師町で、親子3代にわたって漁業関係の鉄工所を営む家の長男に生まれました。昭和21年生まれです。敗戦直後のわりには恵まれた家庭環境のなかで育ちました。親との約束でしたので、大学を卒業すると同時に北海道へ戻り、鉄工所の家業を継ぎました。経営のほうは、ほぼ順調に推移していました。
     転機が訪れたのは昭和52年です。この年、漁業水域200海里が設定され、北洋のサケ・マス漁業は壊滅的な打撃を受けました。漁船の数が半分に減り、漁師町全体が不安に包まれました。私の鉄工所も同様です。
     このままでは立ち行かなくなるということで、鉄骨工事の分野へ進出しました。それから10年、昭和62年頃には技術も向上し、大型工事もできるようになり、景気もバブルに入っていましたので平成元年に工場を拡張、生産設備を入れ替え、1億円以上の設備投資を行いました。
     売り上げ目標を10億円におき、北海道の工場で製造した鉄骨を千葉、埼玉、群馬など関東へ納入しました。ときあたかもバブルとあって、鉄骨はとぶように売れ、業績もうなぎ登りに伸びました。しかし、やがてバブルがはじけます。あっという間に鉄骨工事が急減し、同業者間の受注競争が激しくなり、鉄骨価格は下落の一途をたどり、私の経営はまたたく間に赤字転落を余儀なくされてしまいました。

     
     
     
     
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  • 筆者紹介

    野口 誠一

    八起会 会長
    株式会社ノグチプランニング 代表取締役

    昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
    昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。 わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
    しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
    翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
    弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
    再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
    昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
    平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。

    電話番号:03-3835-9510(倒産110番)
    HP:http://yaoki.html.xdomain.jp/

     
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