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  • 射界

    2016年9月12日号 射界

    2016年9月15日

     
     
     

     悲しみや怒り、悔しさは涙を流して泣き叫び、怒り狂ったように何かに当たり散らす。これで少しは気が休まり、時間が経てば少しずつ忘れていくものだ。しかし、憂鬱(ゆううつ)だけは、泣こうが暴れようが薄れることはない。実際は暴れるどころか泣く気力もないまま沈んだ日々を過ごすのが本当の姿かも知れない。



     ▲憂鬱という感情は時間の経過でも和らぐことはない。憂鬱を助長する原因を取り払わない限り、なくなることはないからだ。いつまでも胸の内に居座って、思い出したように激しい痛みを伴って暴れるから始末に負えない。憂鬱から派生する憎しみや、それらの複合感情だけでも抑止したいと願うが簡単ではない。世には、一途な思いが高じて反社会行動に出る事件すら生じている。

     ▲憂鬱に包まれた生活環境を事なく過ごしたいと願うあまり、いつしか「自分が悪い」といった自虐感情を生み、やがて憂鬱のスパイラルに陥り、ひたすら自分を責め続ける日々となって苦悩する。そこから抜け出すには、まず自分の言動全てを肯定して自信を持つことだ。自信に裏打ちされたバイタリティーを意図して育む努力を続ける…これが近道と説く先賢の教えも数多い。

     ▲憂鬱は、自力解決が基本としながらも言うは易く行うは難しである。見るもの聞くもの全てが、マイナス思考を促すスパイラルからの脱出をというものの、原因がその人固有の価値観から生まれたものだけに、どこがどうという特別の症状が見られるわけではない。自らが、持つべきストレスと、持つ値打ちのないストレスを峻別し、確固たる自信を持って何事にもあたる。これに尽きる。

     
     
     
     
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